人生は自分が決める

このブログを訪れてくれた皆様が幸せに過ごせるように願って綴っていきたいと思います

【飽き】を克服するために必要なこと


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今の仕事が天職と心得よ

人間誰しも、一つのことをずっとやっていると、いつか必ず飽きてくるものです。

 

仕事でも、趣味でも何でも、一つのことをやっていると必ず飽きる時がやってきます。

 

その、「飽きる」という壁をいかに乗り越えるか。

 

そこが、まあまあで終わってしまうか一流の域に達するかの分かれ道であります。

 

「飽き」は成功の大敵となります。

 

 

もちろん、何でも始めて間もない頃や、仕事にしても軌道に乗らないうちは、飽きるもなにも、軌道に乗るまで必死になって頑張るだけです。

 

しかし、ある程度の基盤が出来て、仕事がどうにか軌道に乗ってくるようになると、誰にも「飽きる」という問題が生じてきます。

 

「こんな仕事をやっていて何になるんだろうか」

 

「ほかにもっと自分にあった仕事があるんじゃないだろうか」

 

「もっと有意義な仕事はないんだろうか」

 

こんな思いが一陣の風のごとく心の中をサッと吹き抜けた時に、実は放漫経営が始まったりするのです。

 

それだけにこの「飽きる」という心を克服することは経営者にとって非常に重要なテーマと言えるのです。

 

では、どうしたら克服できるのか。

 

これについて、経営コンサルタントの船井幸雄さんがいいことを言っています。

 

いわく、

 

「今の仕事が天職だと考えよ」

 

たとえば不動産屋だったら

 

「私には不動産屋が天職なんだ」

 

美容院を経営していたら

 

「私には美容院が天職なんだ」

 

医者だったら

 

「医者が天職なんだ」と考える。

 

「大工が天職なんだ」

 

「学校の先生が天職なんだ」

 

と、自分が今やっている仕事が何であれ、それを天職だと信じこむ。

 

それが秘訣だとおっしゃいます。

 

これには私もまったく大賛成で、天職だと思ったら気合いが入る、腰が入る、腑が入る。

 

「よーしやるぞ、私の天職は不動産屋だ、会計士だ、税理士だ、弁護士だ、医者だ、学校の先生だ」

 

と、ものすごい気合いが入ります。

 

そして気合いが入った分だけ、いくらでも注意が行き渡るし、精進努力が続くのです。

 

反対に、

 

「天職なんだろうか、どうなんだろうか」

 

と迷っていると、仕事の能力、集中力、没入力が弱くなってしまいます。

 

だからまず、天職だと考えるのです。

 

「下手の考え、休むに似たり」と言いますよね。

 

一度始めたことは、まだやったことがないことよりも、あなたに合っているに決まっています。

 

安易に歩む道を変えようと悩むくらいなら、居眠りするほうがマシというものですよ。

 

 

 

 

身の周りで悪いことが連続して起こる時には


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誰にでも悪いことが続けて起きるときというのはあります。

 

その時に大切なのは、決して運が悪いとか、調子が悪いと思わないことです。

 

悪い、悪いという思いは、悪い現実を引き寄せます。

 

例えば、自転車を盗まれてしまって、

「くそっ、ついてないな!」

と悔しくなるとしますよね。

 

自転車を盗まれたのは、確かに運が悪いことでしょう。

 

しかし、もしその自転車に乗っていたら、トラックにぶつかって大ケガをすることになっていたのかもしれません。

 

もちろん、そんなことはわかりませんが、そういう可能性だってあったのです。

 

 

善因善果、悪因悪果といいますが、ものごとには必ず原因と結果があります。

 

良い行いや思いは、良い現実を引き寄せますし、悪い行いや思いは悪い現実を招き寄せます。

 

すぐに現実となってあらわれる場合もあれば、前世で行ったことが、今世、結果となってあらわれる場合もあります。

 

いずれにしろ何か悪いことが起きるというのは、巡り巡って、その原因は自分自身にあるのです。

 

逆に言えば、自分の身に何か良くないことが起きたということは、自分が抱えこんでいる悪因縁(刧)がひとつ解消されたということです。

 

ですから、それは現象としては悪いことに見えても、これから良くなっていく契機でもあるわけです。

 

しかも、それが、交通事故のような大難ではなく、自転車を盗まれたぐらいのことで済んだのですから、有り難いことなのです。

 

神様が大難を小難に奉りかえてくれたのだと思って感謝することです。

 

そう思えば、運が悪いと思うようなことでも、運が良かったのだと考えることができるわけです。

 

また、特に悪いことが起きなくて、普通に一日が過ごせたならば、それは神様が小難を無難に奉りかえてくださったと考えることです。

 

そう思えば、いつでも感謝の気持ちで一杯になります。

 

いつも「良かった良かった」と思っていれば、良いことが現実に起こるようになります。

 

これが、明るいものの考え方、運を良くするものごとの受け止め方なのです。

 

 

 

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今置かれている環境が御神意


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誰にとっても、「今置かれている環境が御神意」なのです。

 

神様を信じて生きるという姿勢が真に確立していれば、仕事の中における自己満足がないなんて不平、不満は言わないはずです。

 

もちろん、不幸でもないし悲しみでもありません。

 

なぜなら、今の仕事は神様が

「お前の成長のために、これが必要だ」

ということで与えられているものであり、それをすることが喜びだからです。

 

だからこそ、少しばかり成功しても、それを鼻にかけたり堕落したりすることなく、神を忘れない謙虚さがある。

 

だからこそ、さらに成長していけるし、単なる仕事よりも大切なものにも心が向かい続けるのです。

 

 

人間は仕事をするために生まれてきたのではないのです。

 

人生の第一義は、御魂を磨くことにあるのです。

 

魂を進歩向上させるということと、人々を救済して徳を積むということ。

 

そのために私たちは肉体を持って生まれてきたのです。

 

それ以外の事柄は、すべて遊びだといってもいい。

 

仕事も会社もゲームなのです。

 

成功すれば、そこから得るものがある。

 

失敗しても、そこから得るものがある。

 

その得たものを人間的魅力とし、心の教養として、また次の目標に立ち向かっていく。

 

この境地に立てば、人生に「失敗」はないのです。

 

失敗も成功も、すべて「成功」です。

 

松下幸之助氏は「私は失敗したことがない」

とおっしゃったそうですが、全てが最後に成功するための糧であったなら、まさにその通りです。

 

そして、こうした前向きな人には、神様が次々に応援し始めます。

 

だから、成功と失敗のバランスシートは、やがて成功の方が大きくなっていくのです。

 

神の道に生き、御魂を磨くという人生の本質に目覚めた人は、そういう人生の価値観を持っているものです。

 

その気持ちになった時、どんな苦しみにも雄々しく立ち向かえる成熟した人間になれるはずです。

 

 

どんなことでも喜び、どんなことでも最高に幸せだと思う


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どんなことでも喜び、どんなことでも最高に幸せだと思い、どんなことも無理矢理にでも感謝できる人になれるようにしましょう。

 

そのように無理矢理に自分を持っていけることが悟りであり、修養(学問をおさめ、徳性を養って、人格を高めるように努力すること)であり、意志の力なのです。

 

イヤだと感じた時にイヤだなと思って、また気に入らないと感じた時に気に入らないんだといちいち嘆いているのでは動物と変わるところがありません。

 

自分の気持ちは自分でしか始末できないものです。

 

その気持ちを常に最高度に保つ工夫が必要で、それを行ずるのが人生の創造者と称せられるのです。

 

幸福というのはそのようにして得られるものです。

幸福は常に造り上げなければ、すぐ色あせるものなのです。

 

 

言葉を口に出す時には、イヤなことでも

「いい」と言うといいのです。

 

人間のイヤなところを見ても、

「よくなるだろう」と言い、

 

欠点を見て、指摘したとしても、

あれは長所の裏返しで、~ということだから

「あれでいいよ」と言う。

 

自分でいつも言葉の最後、締めくくりの部分を良くして、前向きな表現で言い終える。

 

こうすると本人の運気を落とさないで済むそうです。

 

だから、ぶつぶつ言うような場面に遭遇しても、これがいいんだね、という因を、自分の意識の中に植え付ける。

 

すなわち、これがいいんだ、という思念を自分の阿頼耶識の中に植え付けると、やがて「いい」という世界が出始める。

 

いいという結果が具体化し始めるわけなんですね。

 

何か楽しい、面白い、ほほえましいというネタを見つけて、おかしいという世界を広げていくと、おかしくて楽しいという世界が出来上がってくる。

 

そしてネタを見つけてはおかしがっている。

 

これはいい循環になりますね。

 

口に出す時も必ず、

「・・・というので素晴らしかったんですよね」

「・・・というので良かったんですよ」

と、言い終えるのです。

 

何か文句を言う材料をわざわざ見つけて、ぶつぶつ文句を言っていると、「文句を言っている」という霊界ができるのです。

 

だから、逆に、

「・・・ということは素晴らしいですね」

「・・・だなんて良かったですね」

「・・・と考えれば最高に素晴らしいことですよ」

という言い方で、徹底して統一すれば、そのように運が変わっていきやすくなるのです。

 

ぶつぶつ言うから運気が悪くなる。

 

口にしていいことといけないことを選ぶ。

 

これを心掛けないと運は良くならないようですね。

 

「なんでもいいから前向きにやる」

というのが、運勢を良くしていく一つの姿勢だからということで、積極的に行動すること。

 

どんなことも悲観的に絶望的に受け取るのではなく、必ず良くなる、好転する、発展していくという、ものの言い形で自分の発言を締めくくるのです。

 

いつもいつもグチってぶつぶつ言って、最後には、

「どうせだめだわ」

「どうせうまく行かないわ」

「やっぱり間に合わないわよね」

とぶつぶつ言う癖が出てしまって、運を落としているので、

 

「それでかえって良くなるんじゃないかな」

「だから結局いいほうに行くよね」

「お互い良い結果になって良かったですね」

と、必ずどんなセリフも肯定的に発展的に前向きに言ってから締めくくる、ということを徹底したら良いのです。

 

 

 

苦しみに立ち向かう


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人というものは、きわめてつらい修行をしたり、苦しい修行を積んだりしたぶんだけが、自分の宝物、 自分の技量、自分の能力となるのです。

 

苦しい目に遭うことを嫌がらないで、苦しいことに立ち向かっていくなら、魂が晴れてよみがえり、魂が幸せになって、正しい道に合った生き方になるのです。

 

苦しいことに取り組むのを嫌がる心こそが、正しくないこと、正しい道から外れることのきっかけになります。

 

苦と楽は自然に、どちらかに偏ることもなく調和がとれた状態になるものです。

 

だから、苦ばかり続くこともないし、楽なことばかりに恵まれることもありません。

 

楽なことが続いてほしいなぁ、楽なことをしたいなぁと思う人が多いでしょうが、とりあえずは苦しいことを目標にして努力してみましょう。

 

楽なこと、そして幸せは、あなたが苦しんだぶんの絶対量、一生懸命努力したあなたの誠意の量に対して、天から恵みを合わせて与えられるのです。

 

こうした法則をよくわきまえて、一日一日を大切に過ごしましょう。

 

 

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中途半端は素晴らしい


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中途半端は素晴らしいと思えば、世の中は明るいです。

 

何をやるにしても、私は中途半端でいいと思っていると、心が豊かになりますね。

 

ある程度以上なら、もう完璧でなくてもいいと思ってやっていると、人を許せるようになります。

 

すべてを完璧にやろうと思うから悩むのであり、継続する中途半端がいいのだと思うと、物事を両立させる場合の悩みのほとんどは、すぐに消えるはずです。

 

人間は何のために生まれてくるのか。

 

魂が進歩向上するために生まれてきたのです。

 

だから、何事も完璧でなくてもいいのです。

 

中途半端なまま、喜んで、充実して、一生懸命やることが尊いと思って楽しんでいたら、人に何と言われても、プライドを捨てられるし、中途半端は素晴らしいと思えるようになります。

 

 

 

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変わるべきは自分である。自分の言葉、態度を変えれば相手も変わる。


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人間関係の悩みは、生きている限り逃れられませんよね。

 

人はそれぞれ違った性格だし、周りの人が皆、自分と同じように考えたり、思ったりすることはあり得ないんですよ。

 

それでも人は、相手に対して、

 

こうしてほしい、

 

悪いところを直してほしい、

 

もっと優しくしてほしい、

 

と、自分の思い通りにしようとコントロールしようとしてしまいますね。

 

私も昔はそんな風に人をコントロールしようとしていたものです。

 

でも、欠点や短所を追及して、相手の性格や外見を無理矢理変えようとすれば、対立、抗争しかなく、ともに傷つき疲れきって、運気も弱くなってしまいます。

 

しかも、ケンカし傷つけあって損するのは、結局、自分自身なのです。

 

夫婦であれ、恋人であれ、相手を変えようと思ってはならないのです。

 

変えるべきは自分なのです。

 

己の態度、ことばを変えさえすれば、それに応じてしだいに相手も変化してくるのです。

 

「自分の器にあった人としか縁は結ばれない」

ということが分かれば、相手に理想と希望を求めるよりも、自分が向上したほうが早いのです。

 

これが良縁への最短距離でもあるのです。

 

 

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