人生は自分が決める

このブログを訪れてくれた皆様が幸せに過ごせるように願って綴っていきたいと思います

本来、人間には好運期も衰運期もないのです


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よく、運が良いとか、運が悪いとか、今は好運期だとか、衰運期だとか言いますが、本来、人間には好運期も衰運期もないのです。

 

脚光を浴びて、なんでもすいすいうまく行ってる時には、もうすでに衰運と滅びが始まっています。

 

世の中を見回してみたらわかりますよね。

 

テレビに出てる芸能人や、有名人、売れたかと思うと消えてたり、一世を風靡したアイドルも、いつのまにか過去の人になってたり、どんなにうまく行ってるようでも、いつか落ちるときがくるんです。

 

だからこそ、そんなふうになんでもすいすいうまく行ってる時こそ、己を戒め、謙虚に周囲の言うことに耳を傾けて、道を踏み外さないように注意する必要があります。

 

逆に不遇の時、なにもかもうまくいかない時こそ、未来に躍進する下地を作るチャンスなのです。

 

辛い思いもして、冷や飯を食いながら、じっくり肝を練り、他者の痛みを知り、知識と経験を蓄えて、やがて大躍進する準備をするのです。

 

「易教」という本はすべてこの精神で貫かれています。

 

 

 

冷や飯を食った数が人間の価値であり、実力であり、魅力になり得るのです。

 

同じ事柄でも、それを不遇・不運ととるか、未来への種まきととるか、同じ事柄でも天と地の差ですね。

 

これは普遍的な神の教え。

 

人種も宗教も関係なく、万国共通で当てはまる事柄です。

 

だから神は、将来的に大きく活躍させようとする人間には、まず試練を与え、冷や飯をたっぷり食わせます。

 

これが神の愛です。

 

父親的な愛であり、先々の永続的な幸せを考えた本当の愛です。

 

長い人生には、時に裁きがあり、時に試練があり、困窮し、苦しみ、絶叫するようなことが降ってきます。

 

しかし、それが神の愛。

 

そんなときこそ、神に感謝し、

 

「この後に、大きなチャンスが待っている」

 

と信じて、勇んで、冷や飯を食い、己を立派に大きく成長させていきたいものです。