人生は自分が決める

このブログを訪れてくれた皆様が幸せに過ごせるように願って綴っていきたいと思います

神の愛に帰結する


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神の愛に帰結するのが、信仰の妙諦なのです。

 

神の愛に帰結するには、困難と不遇のときに、神の愛による開運、改善の未来を信じきることです。

 

神様は愛の方なのだから、愛でしかないのだから、先々、私たちを立派にしよう、運をよくしようとお考えになって、そうされているのです。

 

また、苦のどん底にあるとき、もう苦しくてたまらないときにも、苦のどん底に神の愛を感じ、信じきることです。

 

「ああ、神様は愛で苦しめておられるんだ」と。

 

そう思うことができる人は、本当に神の愛に生きている人間です。

 

神様は愛なんだ、ということが本当にわかったら、これができなければウソです。

 

 

それができない人は、苦しいときに、おのれの運命を呪い、家族を呪い、相手を呪い、前世のカルマを呪い、神様を呪い、とくに世の中を呪っています。

 

自分の運命の儚さを悔しく思ったりします。

 

そうではないのです。

 

神様は愛なのです。

 

すなわち、前世の刧を取ってくださっているのです。

 

「あとできっとよくなる。幸せになるときが来るに違いない。今世は苦しいけれど、霊界に行ったら素晴らしいときがやってくるに違いない」 と、そう考えて、八十歳、九十歳の人は、霊界のことに心を巡らせたらいいし、若い人は、中年から晩年のことを考えたらいいのです。

 

「今世は、この苦しみによって、刧を抹消していただいているんだ。

 

そして、魂が練磨されだ分だけ、素晴らしい霊界の日々が待っているんだ。

 

そのための苦しみなんだ。

 

神様は愛なんだ。

 

愛でしかなさらないんだ。」

 

と、いつもそこに帰っていくのです。

 

こうやって私たちは、神様の愛に帰結することができるわけです。

 

帰結しなければ、本当の信仰ではありません。

 

そういう人が、御魂の奥からの歓喜を神様からいただくことができるのです。

 

神様の愛は波動です。

 

愛の波動です。

 

だから、神様から愛されると、何だか知らないけれど、御魂の底からの幸福感を感じます。

 

何か嬉しいなぁというときは、神様の愛の波動を受けているのです。

 

だから歓喜となって喜びを感じるわけです。

 

霊界で神様のために働いておられる方々は、いつも神様の御心に合うように動いておられるから、愛の波動をいただくのです。

 

嬉しいという歓喜をいただくのです。

 

神界における愛は、波動。

 

霊界における愛は、念。

 

現実界における愛は、喜ばす行為。

 

愛も、神界、霊界、現実界の三段階があるわけです。

 

世の中で一番幸せなのは、神様からいただく愛と歓喜なのです。