人生は自分が決める

このブログを訪れてくれた皆様が幸せに過ごせるように願って綴っていきたいと思います

魂を磨くとカルマが変わる


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世の中に完全無欠な人間は一人もいません。

 

・胃腸が弱い

・もう少し頭が良かったら…

・積極性が欲しい

・ヤセたい

・血圧を下げたい

・お金が欲しい

・地位が欲しい

・身長が欲しい

・両親が欲しい

・美男美女で生まれたかった

 

等々、あげればキリがありません。

 

隣の芝生はキレイに見え、他人のお菓子はおいしくみえるように、人間の欲望には限りがないのです。

 

さして太ってもいないのに、ヤセたいという欲望が強くなると、やがて拒食症になってしまいます。

 

無理に身長を伸ばそうとして、首を吊ってしまった少年もいるそうです。

 

権力の魔力、お金の魔力にとりつかれて、転落していった人は数知れません。

 

もちろん、このような欲望だけでなく、交通事故で親兄弟を亡くしたり、生まれつき、心臓や肝臓が悪かったり、あるいは四肢に障害を持って生まれてきたりする人たちもいます。

 

このように、人によって様々なハンディキャップがあるのは、人がそれぞれ違った前世のカルマを背負って生まれてきているからです。

 

過去世のなかで、自分自身が蒔いた種や、あるいは先祖が蒔いた種の結果として、現実界(現状)があるのです。

 

「どうして、こんな悪い運命を背負って生まれてきたんだ」と、世を呪い、神様を呪うのは、見当はずれというものなのです。

 

また、福祉はもちろん必要ですが、自分はハンディキャップを背負っているのだから、自分よりも健常な人たちや社会が、救いの手を差し伸べてくれるのは当然である、といった考え方も誤っていると思います。

 

全ての人が、形や現われ方は違っていても、いろいろなカルマを背負って生きている以上、そのカルマをどのように受け止めて生きていくのか、ということが大切なのだと思います。

 

カルマに背を向け、消極的に根暗に、世の中やご先祖様を恨みながら生きたのでは、次に転生再生した時にはもっと醜いところに生まれてくることになります。

 

カルマや人生から逃げないで、前向きに、魂の練磨に励み、自分のやれる範囲の世界で努力することで、自分の未来を変え、晩年を変え、来世を変えることができるようになっていくのです。

 

 

社会福祉といえば、誰もが国の問題だと考えてしまいますが、そうした国の問題と同時に、ハンディキャップを背負った私たちの一人一人の、強い意思と忍耐力、自立心もまた大切なのです。

 

「臭いものにはフタをする」といった、日本の権力者や庶民の生活の知恵は、長い間、大きくて重いカルマとしてのハンディキャップを背負った、社会的弱者と呼ばれる人を、社会から隔離してきました。

 

それはあたかも、自分が目を閉じさえすれば、今まで自分が見ていた世界、生きていた世界が全て見えない以上、虚構の世界になってしまう、と考えるのと同じことです。

 

人は、永遠に目を閉じ続けることはできないから、いずれ目を開ければ元の、少しも変わらぬ世界が待っているだけです。

 

このような考え方は捨て去って、健常者と非健常者が一緒に社会生活を遅れるような方法を選ぶべきでしょう。

 

そのような社会になって、初めて私たちは自分のカルマを静かに見つめるようになれるし、大きなハンディキャップを背負った人たちの自助努力に協力の手を差しのべることができるようになり、自分自身の魂を練磨し、徳を積み、来世を変えることができるようになってくるのです。