誰にでも悪いことが続けて起きるときというのはあります。
その時に大切なのは、決して運が悪いとか、調子が悪いと思わないことです。
悪い、悪いという思いは、悪い現実を引き寄せます。
例えば、自転車を盗まれてしまって、
「くそっ、ついてないな!」
と悔しくなるとしますよね。
自転車を盗まれたのは、確かに運が悪いことでしょう。
しかし、もしその自転車に乗っていたら、トラックにぶつかって大ケガをすることになっていたのかもしれません。
もちろん、そんなことはわかりませんが、そういう可能性だってあったのです。
善因善果、悪因悪果といいますが、ものごとには必ず原因と結果があります。
良い行いや思いは、良い現実を引き寄せますし、悪い行いや思いは悪い現実を招き寄せます。
すぐに現実となってあらわれる場合もあれば、前世で行ったことが、今世、結果となってあらわれる場合もあります。
いずれにしろ何か悪いことが起きるというのは、巡り巡って、その原因は自分自身にあるのです。
逆に言えば、自分の身に何か良くないことが起きたということは、自分が抱えこんでいる悪因縁(刧)がひとつ解消されたということです。
ですから、それは現象としては悪いことに見えても、これから良くなっていく契機でもあるわけです。
しかも、それが、交通事故のような大難ではなく、自転車を盗まれたぐらいのことで済んだのですから、有り難いことなのです。
神様が大難を小難に奉りかえてくれたのだと思って感謝することです。
そう思えば、運が悪いと思うようなことでも、運が良かったのだと考えることができるわけです。
また、特に悪いことが起きなくて、普通に一日が過ごせたならば、それは神様が小難を無難に奉りかえてくださったと考えることです。
そう思えば、いつでも感謝の気持ちで一杯になります。
いつも「良かった良かった」と思っていれば、良いことが現実に起こるようになります。
これが、明るいものの考え方、運を良くするものごとの受け止め方なのです。